東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8906号 判決
破産者の代理人今井政子が右債権譲渡をした当時その譲渡行為が破産債権者を知りながらなしたものであるかどうかを考えるに、証拠を綜合すれば、訴外田村省平は高利を支払うといつて一般大衆から多額の借入金を募集し、よつて得た金銭を質屋業、旅館業その他の事業に投資してきたが、その経営方針が放慢であつた上、保全経済会倒産の余波を受け、昭和二八年一一月初旬頃から期限の到来した借入金元本の支払や利息の支払に事欠くようになり、同月下旬頃から東京にある本店には多数の債権者が詰めかけ窮地に陥り、一時を糊塗する方策として支払はしばらくの猶予を乞い、他面借入金の募集は依然継続していたこと、田村は長岡に支部を置き、訴外今井政子をして同方面における借入金の募集受入、元利金の支払その他一切の事務を行わせていたが、右長岡支部においても昭和二八年一一月末頃から貸金の返済を求める債権者が訪れ、今井は支部に手持の現金がないため、屡々電話により或いは自ら上京して田村に対し打開の路を求めたけれども、田村からさしたる援助も得られず困却していたこと、その頃被告等三名からも貸金返還の請求を受けたが被告等は今井の夫と同じ国鉄職員であつたので何とか返還したい義理合にあつたところ、たまたま田村の訴外監物啓三郎に対する金五〇万円の貸金債権があるのを知り、これを分割して弁済の方法として被告等三名に譲渡したこと、当時今井としては、前記のように田村の経営が行き詰り殆んど恢復不能になつていたことは、自らも上京して十分知つており、従つて被告等に右債権を譲渡してしまえば、それだけ田村の他の多数の債権者等を害する結果となることを知りながら、敢て債権譲渡をなしたものであることを十分認めることができる。
つぎに右債権譲渡が破産債権者を害することを当時被告等三名が知らなかつたかどうかについて考えるに、被告等はいずれも「債権譲受の当時、田村が資金に困り借入金の支払ができない状態にあつたとは全く知らなかつた」旨陳述しているけれども右はたやすく措信できない。また貸金の返還を求める理由としても、被告利根川は「株価が下りきつて買時だと思いその買入資金のため」といい、被告高綱は「田村に対する貸金を銀行、郵便局等の福徳定期預金に切替えるため」と述べ、被告山崎は「番頭が結婚して住宅を建てるのに貸してやろうと思つて」と陳述しているが、右被告等の返還請求に応じて渡された約束手形の支払期日はいずれも昭和二九年五月末であるところよりみれば、右受領の理由はどうであれ、保全経済会の倒産等を聞いた被告人等が、各自己の貸した金銭の回収にも不安を感じ、更に今井から「いま長岡支部には現金が少ないうえ、払出が多く新規の預金が少ないから暫く待つてくれ」と告げられ、他の債権者より自己の貸金債権を早く回収しようとしたこと、換言すれば自分等が回収を図ることにより、それだけ他の債権者が弁済を受けられなくなるということを知つていたものと認定するのが相当である。
しかして破産法第七二条第一号にいわゆる破産者が破産債権者を害することを知つてなしたる行為というのは、同条第二号にいわゆる債務の消滅に関する行為を除外するものではないと解すべきところ、本件において破産者の代理人今井政子が一般債権者を害することを知つて各債務譲渡をなしたこと、右債権譲受当時被告等三名において破産債権者を害することを知らなかつたとは認定できないこと、被告等三名においてそれぞれ右譲受債権の弁済を受けたことは以上説示するところにより明らかであるから、原告が本訴においてなした否認権の行使は理由があるとしてこれを認容し、被告等三名にそれぞれ金一三万円、金一八万円、金一九万円及び完済にいたるまでの遅延損害金の支払を命じた。